親も学校の先生も分かってくれないんだけど、私って、才能あるって思うんだ。でも、毎日がみがみ言われて、イヤなんだけどなあ。なんで私の才能を認めてくれないの? なーんて悩み持ってる人、いませんか?
幸福の科学の大川隆法先生は、子供向けの書籍『子供にとって大切なこと』──強くたくましく生きるために(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。
君も優秀な人かもしれない。しようらいは、えらくなるかもしれない。親以上のことをするかもしれない。親にない才能があるかもしれない。学校の先生には分からないような才能があるかもしれない。友だちが持っていない才能を持っているかもしれない。それは実際にそうなのかもしれない。
君の才能は、いつか明らかになってくるだろう。でも、今はまだ明らかではないよね。「自分には才能があるんだ。」というプライドは持っていてもいいけれども、今は、すなおに教わらなければいけない時期なんだ。
人から教わるためには、なかなかできることではないけれども、こしを低くして頭を下げなければいけない。
頭を下げることができる人や、こしを低くできる人のほうが、しょうらいはえらくなり、こしが低くない人や、頭を下げないでいばっている人のほうは、実はえらくなれないんだ。このように逆になってくるんだね。
プライドの高い人もたくさんいるだろうけれども、人に頭を下げて教えてもらうのにお金はいらない。すなおな気持ちで、「分からないので教えてください。」と言えば、いくらでも教えてもらえるけれども、ふんぞり返っていばっていたら、だれも教えてくれないんだ。(中略)
中には、ふんぞり返るだけではなくて、自分がまちがっていても、開き直ってまちがいを押し通す人や、人の意見を聞く気のない人もいる。
それは、プライドが高いからなのだろうし、本当のことを言えば、「きずつきたくない。」という気持ちの表れなんだと思うね。
自分が分からないことやできないことを人に知られ、「そんなことも分からないのか。」と言われて、きずつくのは、いやなものだ。それで、自分を守りたくなる気持ちは分かる。
けれども、「自分を守りたい。」という気持ちで、分からないまま行くと、結果的には、自分を守れず、自分をもっとだめにしてしまうことになる。そのままでは、しようらい、自分がもっと大きなはじをかいてしまうこともあるんだ。(中略)
本当に強い人、本当に大きい人は、自分を強く見せようとしたり、大きく見せようとしたりする必要はないんだ。
しょうらい、大きなことをなしとげるような人は、今やるべきことを一つひとつ積み重ねている。いつか大きなことをなしとげるにしても、子どもには子どもの時点でしなければならない修行があるのだから、今できる努力を一つひとつやっていくことが大切なんだね。
(133~140ページ)
本当に強い人、大きい人であるならば、それだけの才能を持っているのならば、いまはまだ、自分を強く見せたり、大きく見せたりする必要はない。
子どもには子どもの時点で、青年には青年の時点で、しなければならない修行がある。
だから、今できる努力を一つひとつやっていく。
それが、私たちが持っている才能を、将来、本当に開花させるためにとても大切なのだと、大川隆法先生は教えて下さっています。
考えてみると、これは若い人たちへだけではなくって、じつはそれなりに経験を積んで来た方にとっても、深い学びになるお教えだったのではないかと、改めて私は感じているのです。
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『子どもにとって大切なこと』──強くたくましく生きるために 大川隆法著 |
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