ゆーぱの部屋 ~幸福の科学の教えから~

幸福の科学の教え(大川隆法先生の書籍)で、みなさまの人生の悩みや疑問などを解決するお手伝いをします。

おかしなネット情報って?

ネット見てると、幸福の科学に関するおかしな情報って、あるでしょ。元会員とかなんとか言って、悪口を書きたい放題だったりするんだけど、あれって、どう考えたらいいんだろう? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学大川隆法先生は、『仏陀再誕』──縁生の弟子たちへのメッセージ幸福の科学出版)で、こう説いておられます。

人びとよ、
次にもまた愚かなる人がいる。
この愚かなる人びとは、
他の人びとを動揺と混乱に陥れることをもって悦びとしている。
他の人びとの心に毒をまき、
他の人びとの心に焦りを生じさせ、
他の人びとを誘惑の淵に導き、
他の人びとに妄言(ぼうげん)し、ささやき、そして、
道に精進しようとする者を迷わす者もいる。
このような者も愚かなる人びとである。
我が教えを学ぶ者のなかにも、このような者が出てくることがある。
自分の悟りが進まないがために、
自分が重用(ちょうよう)されないがために、
同行の士を巻き添えにしようとする者が跡を絶たない。
同じく修行の道を歩もうとする他の人の、
その堅実な心を揺さぶろうとし、そして自分の仲間を増やそうとする。
自分と同じく、不平不満を持つ者を増やそうとする者がある。

人びとよ、知れ。
このような心は、このような思いは、このような行動は、
すべて地獄に通じるものであるということを。
地獄には、数多くの亡者たちが生きている。
地獄の亡者たちは、自ら自身が助かろうとはしない。
自らが助かろうとするのではなく、仲間を増やそうとする。
仲間をつくろうとする。
他の人びとにも同じような苦しみを味わわせ、
他の人びとにも同じような迷いを与え、
他の人びとも同じような欲望の淵に落とすことによって、
自らの苦しみを和(やわ)らげようとするのだ。
しかし言っておくが、このような行為を続けて、
ほんとうに心が安らぐということは決してない。
そのようなことであってはならない。
自らの苦しみを薄めるのに、他の人を用いようとするな。
他の人を仲間にしようとするな。
他の人に愚痴を言おうとするな。
自らの苦しみは、自ら一人にて足れり。
自らの苦しみは、自ら一人にて対決せよ。
自ら一人にて、自ら自身の問題と対決せよ。
それを、他の人と徒党を組み、
共に自己の正当化や合理化に走ってはならない。
ゆめゆめ、そのようなことは、してはならない。
およそ、教えにつき、法を学ぶ者であるならば、
自らの正当性のために、教えを曲げたり、
歪曲したり、間違って伝えたり、
あるいは、人びとを誘惑するようなことをしてはならない。
このようなことは、すべて地獄に通じるものであるということを知れ。
(116~120ページ〔携帯版120~124ページ〕)

せっかく仏陀のもとに集ったというのに、その後、仏に歯向かう側に転落してしまうような人というのは、残念なことに、釈尊の時代の有名な仏敵・提婆達多(ダイバダッタ)の例をあげるまでもなく、絶えることはありません。

彼らは、妄言し、他の人びとの心に毒をまきちらし迷わすことで、他の人びとを不幸にすることに悦びを感じているようです。

仏は、それを、仲間を増やして自らの苦しみを和らげようとする堕地獄の業であることを看破されたうえで、自ら自身の問題には自ら一人で対決すべきことを、慈悲のまなざしで説かれています。

彼らの行動を見、その言い分を聞いたとき、それで一体全体、誰が幸せになっているんだろうと、やはり思えてなりません。

このブログでひらすら地道にお伝えしてきたとおり、大川隆法先生の教えは、光と叡知に満ち満ちています。

誰もがわかる現代日本語で、救済の道が、悟りへの道が、幸福への道が、これほど明晰な教えとして、尽きることなく説き続けられているのは、客観的事実として誰も否定できないことではないでしょうか。

いずれにしても、闇を増やし、人びとを不幸にしようとする間違った活動を行なう者がいるのであれば、それ以上の情熱をもって、この地上に光を広げる活動を続けていくだけだと私は強く思っているのです。

仏陀再誕

仏陀再誕』──縁生の弟子たちへのメッセージ

 大川隆法

(↓ 更新の励みにブログランキングに参加中。このアイコンを毎日クリックして応援していただけたらうれしいです!) 
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 幸福の科学へ